一世一代のかつらと出合うために

私のおやじは70歳。
5年前に定年退職してセカンドライフをおふくろと送っています。
その父が「おれがかつらにしたら、どう思う?」とおふくろと私に聞いたのは2年ほど前のことです。
おふくろは一言「やめてよ、そんなこと」
私の意見は違いました。
「いいと思うよ」
おやじは若いころから薄毛で、私の中学のころにはもうかなり「きて」ました。
髪の生え際がどんどん後退して、額が広がっていくタイプの薄毛でした。
顔が割と童顔で、皮膚の色つやが若々しいので、かえって変でした。
友人からもからかわれますし、私はなるべくおやじを友人に会わせたくないと思ったものです。
そんな記憶があるものですから、おやじが「かつら」と言い出したのを聞いて、まあ「今さら」という気がしないでもありませんが、人生の実りの時間を自分の望む姿で送るというのは良いことだと思ったのです。
おやじにはそうとうな葛藤があったのだと思います。
きっと、若いころから「かつら」という選択肢が頭の中にはあったのでしょう。
ただ、そのきっかけ、実行へ移すタイミングが難しい。
同じ男として、わかります。
さいわい私はおふくろに似たのか、まだその兆候はありませんが、アラフォーと呼ばれる年になって、同世代の友人には同じ悩みのものもいますし、将来を考えれば他人ごとではありません。
その長年の悩みを、今、会社勤めという制約から自由になって、解消したいと考えたおやじの気持ちを私は尊重してやりたいと思いました。
私がそういうと「そうか。そうだよな」とおやじはうれしそうにしていました。
おふくろも「まあ、おとうさんがそうしたいなら反対はしないけど」。
つまらないことに金を使ったり、「振り込め詐欺」に金を巻き上げられたりするよりは、「かつら」に使うほうがずっと有意義でもあります。
きっと、70歳にして新しい人生が開ける。
世界が違って見えるようになるかもしれない、とも想像しました。
ところがおやじは、あれから2年もたつというのに、いまだにかつらにしていません。
気が変わったとか、あきらめたというわけではなく、いろいろな情報を集めたり、テレビの「かつら」関連のコマーシャルや話題には常に注目しています。
どうやらおやじは「決定過程にある今のこの状況を楽しんでいる」ようなのです。
かつらをつけることは決めた。
家族も賛成してくれている。
会社の人間関係とは縁がなくなった。
いつでも、好きな時に好きな髪形にすることができる。
そういう状況に初めてなってみて、そうしたらその「自由」が楽しくなったということなのではないでしょうか。
いつでもできるから、まだいまはしない。
「どんな髪型にしようか。
どの会社の製品が一番いいか。
価格はどうか。
こうしてぐずぐずしているうちに、また新製品が発売されるかもしれない」と、そんなふうに考えながら日々を送ることが、おやじには楽しく感じられているのではないか、とそう思うのです。
まだ70歳、とも思います。
焦ることはないのだから吟味に吟味を重ねて、「これだ!」という商品と出会ってもらいたいというのが私の思いです。
一世一代のかつらと出会うために、おやじは今日も、ぐずぐず迷っています。

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